医学を超えて人間の健康を追求する人生の処方箋

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健康(Body)~声楽

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声楽との出会い体験レッスン発声法声帯の構造声の背景
楽器としての声積極体験で出来てくる「聞く耳」声で自信回復呼吸による自律神経のコントロール
一芸で人の心を掴む運命・宿命?ブランク初めての発表会
パーティー転勤・変化ミュージカル2回目の発表会卒業

音痴

私は運のいい事に音痴だったのです。
小さい頃何気なくアニメの曲を口ずさむと親に「あなた音痴ね。」と言われ、学生の時カラオケに行くと皆に音痴と言われ、歌う事がだんだん嫌いになっていきました。
私の学生時代はカラオケが爆発的に流行した頃で、何か歓迎会、送別会、打ち上げ、飲み会と集まりがあるたび、2次会はカラオケと決まっていました。
その為1次会が終わりに近づくと2次会の事が気になってきて、そわそわし出し「2次会カラオケ行く人~」などと幹事が声上げると、私は決まって「僕は帰るよ」と言っていました。
それでも付き合い上どうしても、断りきれない場合もあります。
しぶしぶ付いて行くと、必ず「最低一人一曲ね~」などと勝手に余計な事を決める奴がいたものです。
これは音痴にしか分からない苦しみでしょう。
歌の上手い人は、皆が公平に歌えるように、一人がマイクを独り占めしないようにとの配慮から言ってくれているのでしょうが、私はそんな配慮が一番嫌いでした。
心に中で「まったく余計な事を言って。好きな奴が好きなだけ歌っていればいいじゃないか。」と思ったものです。こういう時は決まって酔いつぶれたふりをするか、近くに座ったあまり歌いたがらない人と話し込んで、他から声をかけられにくい様に対策をとるのが常でした。
どうしても逃げ切れず歌わされてしまうと、仕方なく歌いますが、音程が合っていないのは自分でも分かります、この状態で最後までやり過ごすのは非常に苦痛なものでした。
この一曲の数分間がどんなに長く感じられる事でしょうか。
そして2次会を終えた頃には、とても3次会に参加する気分には成れませんでした。
こんな私は歌が嫌いにならないのかって?・・・いや、歌自体はとても好きで、いいメロディーを気持ちよく歌う友人の姿にあこがれてたのです。
私も一人でお風呂などに入っている時には、周りを気にせず思いっきり気持ちよく歌っているのです。自分なりに何となく音程が合っていないと感じながらも・・・・。 でも、その時はそれで良かったのです。 誰に聞かせるわけでもなく自分が気持ち良いのですから。
そうは思いつつも、やはり音程は合っていた方がもっと気持ち良いだろうし、皆の前でそれが出来たら最高でしょう。実際カラオケに行って歌が上手いと、それだけで一目置かれますよね。
ちょっとオッチョコチョイでも「おっ○○君て、歌上手いんだね。見直したよ」なんて・・。
一方音痴だと肩身が狭い物です、普段いくら立派な人でも「○○さんって音痴だったんだね」って陰でこそこそ言われてしまいます。
たったそれだけの事ですけど、言われた方は人格までも否定された様な気持ちになってしまいますね。
これでは、だんだん自分自身に自信がなくなって来てしまいます。これはまずい、何時かヴォイス・トレーニングを受けたいな、でも音痴って直るのかなと思っていました。
時折テレビでヴォイス・トレーナーが音痴の人をトレーニングしているのを見た事がありました。
テレビでは「赤とんぼ」を何とか歌っていましたが、違う曲になるとやっぱり音痴のままじゃないのーと言う印象を受けてしまい、どうも自分も行ってみたいとは思えなかったのです。 そんな思いを抱きながらも日常生活に追われ何時しか数年の月日が経っていました。

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声楽との出会い

声楽

ある日、本屋さんで何気なく手に取った本にある声楽家が紹介されていました。
そこには「よっぽどの身体構造的異常がある方で無ければ、本来音痴などはおらず、どんな人でも本当の自分の声を出す事が出来るようになります。」と書いてあったのです。「ここなら行って見たいな」という直感を感じ、すぐにその本を買いました。
早速、連絡を取ろうとしたのですが、何とその本には声楽家の紹介がしてあるにもかかわらず、その連絡先が書いていなかったのです。何としてでもここに行って見たいと思った、私は早速この本を書いた会社に連絡して、紹介してある声楽家の連絡先を突き止めたのでした。
何か楽しい事があると待っていられない私は、その日の内に早速電話をしてみました。
「もしもし、内田さんですか?先生の事を本で見たんですけど、音痴でも上手く歌えるようになりますでしょうか?」
「大丈夫ですよ、よっぽど身体的異常があって音が聞こえないとか、発声が出来ないというのでなければ普通は誰でも気持ちよく歌えるようになりますよ。」
「へ~そうなんですか。」
私は半信半疑ながらも『ここなら皆の前で気持ち良く歌うという長年の夢が叶うかも知れない』とフット思いました。
「では、まずは体験レッスンを受けたいのですが??」
「良いですよ、何時にしますか?」
「今日これからはいかがでしょうか?」
「今日ですか、今日は丁度あいてますから夕方4時頃なら良いですよ。」
「じゃあ、その時間に伺いますのでよろしくお願いいたします。」
とその日に予約が取れたのでした。
気持ちよく歌える様になるんだというワクワクした気持ちと、相手が歌の先生といえども他人の前で音痴を披露するのかという憂鬱な気分が入り混じった何とも表現しがたい気持ちで内田先生のお宅に伺いました。

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体験レッスン

部屋に入るとグランドピアノと譜面台が部屋の手前に置いてあり、奥の方には歓談用の丸テーブルと椅子が置いてありました。 まずはその椅子に通され面談?が始まりました。
「行動が早いですね。」と先生は開口一番言いました。
「ええ、いつもの事です。」
その後も色いろ世間話というか、私がここにたどり着くまでの経緯、先生の体験談などを話し合いお互いの距離を縮めて行きます。
私は念の為もう一度確認しました。「本当に、音痴でも大丈夫なのですか?」
「私は今まで一人も本物の音痴の人にお目にかかっていません。およそ音痴というのは調子外れの事を言うんです。その原因が聴覚の欠陥にあって、指摘されても修正困難な場合に初めて音痴という言葉が出てきます。こうしたケースは非常にまれなんですよ。例えばピアノでミの音を出し、声でも同じミの音が出せれば合格、音痴ではありません。」
「そうですか、分かりました。」
それ位なら私でも出来そうです。
「所で、あなたはどんなお仕事をしてるんですか?」
「はい、医者をやっています。」
「専門は?」「内科です。」
「私の生徒で理工系の博士がいたんだけど、彼なんかは学会発表の時、いい声で発表したもんだから皆に褒められてとてもいい思いをしたなんて言ってましたよ。」
「へー、普段の声も良くなるんですか?」
「そうですね、自信も付いてくるし、ただ歌が上手になるだけでなく他にも色々な良い事がありますよ。」
「例えばどんな事ですか?」
「お腹から声を出して歌うとお腹の部分の自律神経が活性化されて温かくなり全身の血行が良くなって結果的に健康にも良いんですよ。お医者さんなら是非、歌と医療を組み合わせて新しいものを作ってゆくと良いですよ。」
「面白いですね」
体験レッスンは1時間という事でしたが、そんなこんなで時間はどんどん過ぎて行って、あっという間に30分程経過していました。このまま1時間しゃべって終わってしまうのではないかと心配していたら、やっと
「じゃあ、こちらに来てください、実際に声を出してみましょう」
と声がかかりました。 いよいよ来てしまいました、この瞬間・・と思い緊張しながらピアノの前に立ちます。

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発声法

「ではまずは姿勢から、背筋を伸ばして~丁度壁に踵から背中そして後頭部までびたっと付くように立ってください。顎は引いて下さいね。そしたら腹筋に力を入れつつ息を吸って、お腹を膨らませるんじゃ無いですよ、お腹にはしっかりと力を入れておいて息を吸う。そしたら喉を開いたままゆっくり息を吐いてくださいコ~~っと。」
「コ~~」
「そしたらそのまま途中からお腹にフッと力を入れてオ~と声を出してみて下さいコ~~ホォ~~~。」
「コ~~ホォ~~~。」
「はい、その時絶対に喉仏を上に上げないように注意して下さい。喉仏は下に下げたままにするんですよ。そうすると喉がよく開きます。」「ホォ~~~。」このとき出した声の振動は妙に体全体に共鳴し心地よさを感じます。
「そうそう、その調子です。そのまま音階に入って行きましょう。」とピアノに合わせて音階に入っていきました。
鍵盤をド・レ・ド・レ・ド~、ジャン、レ・ミ・レ・ミ・レ~・・・と叩いていきます。
「それでは行きますよ。合わせて下さいね。ハイ」
ホ~ホ↑~ホ~ホ↑~ホォ~、ジャン、ホ↑~ホ↑↑~ホ↑~ホ↑↑~ホォ↑~、ジャン、ホ↑↑~ホ↑↑↑~ホ↑↑~ホ↑↑↑~ホォ↑↑~、ジャン、・・・と音階にあ合わせて一音ずつ上がっていきます。これなら問題なく音を合わせて行く事が出来ます。
「ハイ、よく出来ました。これが出来れば音痴とは言いません。」
生まれて初めて音痴じゃないと言われた喜びはひとしおでした。
それも、プロの声楽家に言われたんだから間違いない・・・!!と妙な自信も湧いて来ます。また、これだけの発声練習ではありましたが、終わった頃にはお腹の自律神経の集まりである太陽神経叢がポカポカに温まり、使い慣れない内臓筋肉を使った事もあって結構、体力も消耗しました。
無理に好きでもないランニングなどしなくてもこれで十分カロリーを消費しそうだな・・・・・しかも楽しみながらできる・・これはダイエットにも良いんじゃない・・・・なんて違う応用も考えていました。
「この発声法をしていると声が体全体の細胞一つ一つに響きますでしょ。それがヒーリング効果もあるんじゃないかと私は思っているんですよ。だから毎日楽しく歌う事で健康維持にもなりますよ。では今日の体験レッスンはこの辺で終わりにしましょう。」
これはいける!と思った私は早速定期レッスンを申し込みました。
折角巡り会えたのですから、もう少し煮詰めて見たいと思ったのです。
その後、月に2回程の定期レッスンに通い始めました。
レッスンに行くと、まず例の椅子に案内されていつもの様におしゃべりが始まります。
おしゃべりと言ってもつまらない世間話をするわけではなく、レッスンを受けていく上で非常に大切な心構えをしっかりと理解してゆく場になっているのです。

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声帯の構造

「呼吸に関しても声に関しても大切な事は喉を開けるという事です。声楽では咽喉が開いた声という事が絶対条件になっています。
赤ちゃんの声と同様の、自由で咽喉が良く開いた美しい声でなくてはなりません。
咽喉の構造は両開きの扉と、声帯というカーテンで成り立っています。 そこに空気が通ると、カーテンが震えて声になると言うわけです。
一般に言われる喉が開いた声と言うのは扉は開いてカーテンだけが閉じた状態であり、締めた声とは扉も半開きに閉じた状態の事なんです。東洋の言語は閉じた咽喉で母音を発音します。小さな声でアイウエオと切って発音すると浅い声になるので分かります。 西洋の言語ではアイウエオと発音するとハヒフヘホのように聞えて声も深い場所から出てくる事が分かります。 これを我々がするには喉の開いた深呼吸に声を乗せてみるといいでしょう。 最初はオの母音でやると体に共鳴しやすくて良いんです。」と理論的なお話も聞かせていただきました。

ストレス球

よく「ストレス球」と言って、強い不安や恐怖等のストレスにさらされると、喉がキューッと詰まってしまい上手く呼吸が出来なくなる事があります。 そんな時は苦しい為、浅く速い呼吸になり声も小さく弱々しくなって、大抵肩で呼吸しています。 また、「ストレスで胃潰瘍になった」など良く聞きますね、喉や胃はストレスの影響を最も受けやすい臓器の代表でもあります。 「ストレス」⇔「喉が絞まる」・「胃が荒れる」・・・等々
このように精神作用と肉体は互いに深く影響し合っているのです。
胃のほうは我々が意識的に動かす事は出来ませんが、喉なら意識する事で何とか変える事が出来ますよね。 ここで習った呼吸法、発声法を意識して行う事で喉を開放してあげると、結果的にストレスまで開放する事が出来るようになるのではないでしょうか。 声楽家の喫煙率は、ごく低い方だそうです、これは喉を大事にすると言う事はもちろんの事、タバコでストレスを紛らわす必要が無いからなのかも知れません。
禁煙に声楽なんていかがですか?
(東海大学医学部付属東京病院喉頭外来ホームページより抜粋)

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声の背景

更に先生の話は続きます。
「人間は赤ちゃんのときは物凄い大きな声で泣きますでしょ。あれはお腹から声を出しているからあんなに小さな体でも大きな声が出るのですよ、人間本来の声ですね。赤ちゃんは人種に関係なく皆同じような大きな声で泣きます。それが成長と共に、体と心の様々な面と平行して人生と密接な関係を持ちつつ発達してゆきます。
大雑把に言って欧米人の先祖は狩猟民族であり、東洋人は農耕民族の流れを組んでいます。つまり言語が出来る前から欧米民族は大声を必要としており、東洋は小さな声でも間に合う発声法と言語が形成されていったのではないでしょうか。
そして、どの言語を習得するかによってどんな声になるか、大きく変わってきます。更にどんな声を出すかで呼吸の仕方まで変わってくるのですよ。
現代人の声は、環境や育ち方、仕事、人間関係などの影響によって、だんだん不自由な声にされてきたとも考えられます。赤ちゃん時代を思わせるような開放された発声はこれらの抑圧から、心身を気持ちよく開放する作用もあるんです。」
私が医療(人間の健康)を医学の世界の中だけで考えていないのと同じように、内田先生も声楽を音楽の世界だけの物とは捉えておらず、もっと生活の中の一部として捕らえていたので、少しびっくりしました、どうりでこの先生に惹かれたわけです。
同じような者は引き合うのが自然の法則ですね。
「ここのレッスンに来て私の指示通りの発声をしたら、それにつられて小さい頃の辛い思いの感情記憶まで開放されてしまい思わず泣きだしてしまった男性もいましたよ。」
「そうなんですか・・・実際にそう言う事も起こるんですね。」
また、ある時はこんな話にもなりました。
「日本人の呼吸は胸式呼吸と言って肩が上下する呼吸法なので肺の上半分しか使っていません、逆に欧米人は腹式呼吸をしているのです。
この東西の民族による呼吸法の違いは服装の違いとしてよく現れているんです。西洋人の服は男性なら胸の張ったタキシードや背広、女性なら胸の大きく開いたドレスなど、胸を張ったままで呼吸しないと格好の付かない服が多いのに対し、東洋の服は和服でも中国服でもあるいは東南アジア諸国の服でも皆胸が閉じています。
日本人の男性が背広やブレザー、タキシードを着た時、女性が胸の開いたドレスを着た時今一つ決まらないのは呼吸が服装に合っていないからです。息を吐くたびに、どうしても胸元がたるんで貧相に映る瞬間が出来てしまうのが原因で、顔と服が合わない為では無いのです。・・・」
「なるほど・・奥が深いですね。」

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楽器としての声

「ところで、楽器の基本構造って知ってますか?音を出す部分とその音を増幅させて響かせる部分から出来ているんです。その響かせる部分が楽器の音色を決めるんです、響かせる部分を何かで押さえつけてしまうと情けない音にしかなりません。
人間の声も全く同じです、咽喉だけを使って話したり歌ったりすればこの状態と同じなんです。声帯自体は繊細で壊れ易いものなのです。だから無理に大声や高い声を出したり、長時間に渡って声を使い続けた場合にはすぐに音声障害を起こします。
楽器で言う共鳴板にあたる部分が人間では響鳴腔という壁面で咽喉・口・鼻などに点在していて声帯の振動を増幅するのです。更に良い声を出すには丁度フルートのような木管楽器が全身を共鳴させて音を出すようになるべく気管を開放しリラックスする事です。
数ある楽器の中でも、年齢的に一番遅くから始めて間に合う?ものは実は最も身近にある自分の声、つまり声楽なんですよ。」
私自身大学時代からオーケストラに参加していましたが、楽器を選ぶ時はなるべく小さい楽器が良いと思っていました。
私はどうしてもヴァイオリンをやってみたかったので、ヴァイオリンを弾いていました。
そして管楽器で好きな楽器は?と聞かれたならフルートと答えていました。
大きい楽器を弾く人たちはいつも楽器の持ち運びに苦労していました。ヴァイオリンは小さいので恵まれていましたが、大きなコントラバスになると電車に乗るにも料金がかかる始末で、練習場所なんかも限られて来てしまいます。弦の値段もヴァイオリンに比べ高くついたりしてメンテナンスも大変です。
最もお金がかからず、何処にでも持ち運べる小さくて便利な究極の楽器は正に「自分の声」だったのです。

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積極体験で出来てくる「聞く耳」

「さあ、今日のレッスンを始めましょう。」
と言う事で色々なお話を聞いた後、レッスン開始です。
まずはきちんと姿勢を整えた後、何時ものようにホォ~ホォ↑~ホォ~ホォ↑~ホォ~っと基礎練習、音階練習をやってゆきます。 その後ホォ~のまま母音だけで日本歌曲のメロディーを通して行きます。 この日は「荒城の月」でした。
最初に歌うのは男性なら「荒城の月」、女性なら「赤とんぼ」がいいようです。
こういった日本歌曲は小学校の頃音楽の時間に聞かされ、退屈な思いで聴いていた曲です。
当時は、何て退屈でつまらない曲を教科書に載せるんだろう!と思っていましたが、今、自分で歌ってみると、「あ~何ていい曲だったのだろう」と心の底から思うようになりました。 歌詞を真剣に一字一句、お腹の底から声を出しながら、一曲通して歌ってみて初めて本当の良さが分かったのです。
「聞く耳」が無いとは正にこの事だなーと思いました、どんなにいい曲でもそれを受け止めるだけの器が無いと、ただの退屈な古臭い曲としか受け止められないのです。 教え方をもう少し工夫すれば小学生でも聞く耳を持てる様になるのかも知れないですね。
ただ一方的に聞かされるだけですと、苦痛でしかありませんが、積極的に参加するようになると全く違う世界が広がってくるものです。 同じ事がクラシック音楽にも言えました。 私は学生時代オーケストラでベートーベンやブラームス、シューベルト、チャイコフスキー等の大曲を何曲も演奏しましたが、どの曲も練習する前は退屈で全部通して1~4楽章まで聞くなんて言う事はとても出来ませんでした。
しかし、不思議な事に自分が自ら何度も何度も練習し、弾き込んで、合奏して行って始めてその曲の良さが分かって来るのです。
全体の流れが見えて初めて、ここでバイオリンとチェロが、かけ合って次に木管がリードして金管へ繋ぐ、その後サビ(主題)が出てきて~~。等と実に奥が深い物だったのです。 丁度、おしゃぶり昆布の様に噛めば噛むほど味が出てくるのです。
その為、オーケストラ部の発表会で普段クラッシックに縁の無い友人達を呼んで聞いてもらった後、「どうだった?」と感想を聞くと大抵の友人が「久しぶりによく眠れたよ!」と答えてくれるのでした。
本番中にちょっとミスして「お前、間違ったでしょ!!」何て言われたらどうしよう! と要らぬ心配をしていたのが馬鹿みたいであったのを良く覚えています。
それに比べてポップスは逆で、始めて聞いた時は、「この曲良いな~」と心を掴むけれど何度も何度も聞いているとすぐ飽きてしまうのです。 クラシックをおしゃぶり昆布とするならポップスはガムといった所でしょうか。
高校生の時、皆がアイドルを中心としたJ-popに夢中になっている中、そんな物には全く興味を示さずに淡々とクラッシックを好むクラスメイトが一人いて、随分と変わった奴だなあ、と思っていました。 しかし、今の私ならばもうそんな事は思いません。
自分で譜面を読み込んで演奏に参加している訳では無いのにクラッシックを楽しめているのですから、むしろ尊敬してしまうかも知れません。
ちなみに私は今でも自分が合奏で弾いた曲か、有名な曲でないとクラッシックコンサートに行っても最初から最後まで起きていられません、いつの間にか心地よい夢の世界へ行ってしまいます。
皆さんも不眠治療には最適ですよ。是非試してください。
但し副作用があるので注意して下さい。 それは椅子に2時間位じっと座っていると、腰が痛くなる事です(笑)。

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声で自信回復

また、ある時レッスン前のお話の中でこんな話も出てきました。
「登校拒否だった女の子がいたんですけど、ココで歌を習うようになりましたら、だんだん元気が出てきて今では音楽高校へ進学し、音大を目指すと言って頑張っているんですよ。やっと好きな事を見つけたんでしょうね。生き生きしてまるで別人のようだとお母さんも喜んでいますよ。今までは学校生活の中で個性を発揮できないで、自信も失っていたのでしょう。でもココに来てやっと自信を取り戻したようです。」
私はその時、気が付きました。
胸を張って大きな声を出していると、内向的に自分の殻にこもったり・ウジウジ悩んだりする事が難しくなってしまうのではないでしょうか。
悩んでいる時、暗く落ち込んでいる時の体の姿勢を想像して見て下さい。 大抵は、伏し目がちに下を向いて、背筋が丸まり、声が小さくなっていませんか。
心と体は密接に影響しあっています、丁度うす紙の裏と表のように。
ですから、心の状態を反映して無意識のうちに体がそのような姿勢になってしまうのでしょう。
薄紙の「裏」(見えない心の内面)についた黒いシミが「表」(見える肉体)にも透けて見えてしまうのです。
では逆に考えてみましょう、真っ直ぐ前・もしくは少し上に視線を向けて、背筋をピンと伸ばして顎をキュッと引いて大きな声をお腹から出しながら(暗く落ち込んでいる時と逆の姿勢です)、同時に心は暗く落ち込んでいる事は出来るのでしょうか? これは難しいですよね。
薄紙の「表」に見えるシミをシミ取りで消して行くと「裏」のシミも同じように消えていきますよね。

「表」を明るくしたら「裏」もつられて明るくなってきてしまうではないですか。
心を強制的に明るくするのは無理がありますが、肉体を強制的に一時的にでも明るくするのは何とかなりそうですね。
そしてそんな事を繰り返していたら、いつの間にか気持ちも明るい方に引っ張られて来るのではないでしょうか。
それがいつの間にか自信や希望につながって登校拒否も治ってしまったのかも知れません。
肉体と心はお互いに深く関連し合っているのですから、心が落ち込んでいるときに心に訴えかけて「落ち込むの止めようよ!前向きに生きよう」とアドバイスするよりも、肉体に訴えかけて「一緒に思いっきり歌おうか!」と言って皆で一緒に歌う方が結果的に効果がありそうですね。
声楽家達の性格は、平均的に明るくおおらかだそうです。
やはり普段からお腹から大きな声を出していると自然に、そうなってくるのでしょうね。

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呼吸による自律神経のコントロール

「さあ、今日のレッスンを始めましょう。」
基礎練習を終えた後、日本歌曲とイタリア歌曲を織り交ぜながら練習して行きます。
まずは「ホォ~」だけでメロディーを歌ってから歌詞を入れて歌って行きます。
ピアノと先生のガイドの下、音程も外さずにスムーズに歌って行く事ができます。
お腹から声を響かせると言うのは、とっても気持ちがいいものです。
一曲をお腹の底から歌い上げると、歌い終わった頃には息がハーハーして、お腹を中心に全身が温かくなり、かなりのエネルギーが使われているのが実感出来ます。
ちょっといい運動した位の実感があります。
「凄く気持ち良いでしょう、どんな声を出すかで呼吸の仕方まで変わってきますよ。」
確かに意識して自分の呼吸を観察してみると随分浅い呼吸をしています。
緊張して交感神経が優位になっていると呼吸は更に速く浅くなって来ます、逆にリラックスしている時はゆったりとした、深い呼吸になって来ます。
これを意識してゆったりと深く腹式呼吸を行っていくと副交感神経が優位に活性化されて来るのです。
発表会などで緊張してしまう時などは交感神経が優位に働いて呼吸が浅く速くなりますから、大きく腹式呼吸してリラックスさせるのはこの為ですね。
深く長い一息でone sentenceづつ歌い上げてゆくと、一曲を歌い上げるまでに大きな複式呼吸を何回も繰り返す事になります。つまり歌う事が緊張をほぐしてくれるんです。
さらに腹式呼吸を繰り返す事で内臓筋肉のトレーニングにもなり、太陽神経叢(お腹の自律神経の集まり)も活性化して来ます。そして何より楽しく、自信も付いてきます。
こんな楽しくて簡単で良い方法があったんですね。
今まで理科系の受験勉強から医学教育、そして最近言われる最先端医療のEvidence Based Medicine(EBM:理論的根拠に元づいた医療)に到るまで左脳中心で育って来た私にとっては衝撃的な経験でもありました。
こういった、右脳系の発想を取り入れる事で、現代西洋医学の限界を一歩乗り越えてゆく事が出来るのではないでしょうか。
そこには数値や画像で表せない楽しみ、喜び、感動といった人間として生きて行く上で大切な要素が含まれているのですから。
感性豊かな子供達が登校拒否になってしまうのは、この大事な要素が今の左脳中心の教育の中に見出せない事も1つの要因でしょう。

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一芸で人の心を掴む

さて、レッスンの方はと言えば。
荒城の月、出船、平城山、等の日本歌曲とCaro mio ben,Nina , Sebben crudele と言ったイタリア歌曲の2本立てでレッスンが進んでいきます。
始めの頃はお話の時間は結構長く取ってあり1時間のレッスンで20分以上となる事も多々ありました。
その頃は「レッスン時間が短くなってしまうな~」と思っていましたが、実はこのお話の中に色いろ大切な秘密が隠されていたのでした。
「私は昔若い頃、花火の爆発で、火傷して入院していた事があるんです。その時、時間が十分にあったので、病院内で音楽会を開いて(他の人も演奏していました)他の入院患者さん達に聞いてもらったんです。
そしたら凄く評判が良くて皆感動してくれました。歌に感動して体や心が震える事ってありますよね。それが治癒効果を早めるような気もします。是非歌うドクターになって下さいね。」
確かに内田先生がこの声で歌ったら皆の心を掴んでしまうなと思いました。
ちょっと話はズレますが、何か一芸に秀でているといい事があります。
私は良く海外旅行をするのですが、その際は必ずマジック(手品)を持って行きます。
ちょっとした場面でマジックを披露すると、それをきっかけに一気に現地の人たちの心を捉える事が出来るのです。
こうしたちょっとした事で周囲との距離が縮まって、何度も優遇された事があります。
エジプト旅行の際などは、普通の観光客は日本人と言うだけで騙され、カモられる対象になるのですが、そんな中私だけは、エジプト人から色々ご馳走してもらっていたのです。)
先生の更に話は続きます。
「気持ちよく歌って健康になるんだから最高でしょう。」
「でも、ちょっと待ってください、良く考えたら大きくていい声を出している欧米人より、発声も姿勢も悪い日本人のほうが平均寿命が上ですよね・・・???」
「その答えの鍵は意識にあると思うんです。発声法も呼吸法も健康に良いんだと意識した時に初めて健康法になるのではないでしょうか。 意識するだけでも大きな力を発揮する事は沢山あります、意識の力は私達が思っている以上に強いんですよ。さあ、今日のレッスンを始めましょう。」
そんなこんなでレッスンは続いていきました。しかし実際の所、家では自分で練習をしていたわけではなく、月2回のレッスン日だけその場で歌うような感じで続けていました。本来こういうものは毎日やらないと効果が出ないのでしょうが、つい、忙しいからと理由をつけて練習していなかったのです・・・。
それでも、それなりに自分では楽しんでいましたが、まだ本気ではなかったのです。

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運命・宿命?

ある日、こんな話もありました。
「以前、ある人に不思議な事を言われたんです。『O月を境にしてあなたは大きく変わっていきますよ、あなたのやっている事が認められ急速に世の中に広まって行きますよ』って。
私は一体どんな事が起こるのかと、その月を楽しみにしていたんです。
そしたらその月に私の事を紹介してある、あなたが正に本屋で手に取った本が出版されたんです。
それまでは、タウンページや口コミで生徒さんを集めて細々と教室をやっていたんですけど、本に紹介されてからというもの、多くの方から連絡があって『是非ともレッスンを受けさせて下さい』という事になって急速に生徒さんが増えたんですよ。」
「へー、そんな事もあるのですね。」

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ブランク

さて、何時ものレッスンに行くと発表会の話になりました。
「毎年秋に発表会があるんですよ、そろそろ何を歌うか曲を決めましょう。あなたは出船が良いんじゃないですか。」
そんなに長い曲でもなくメロディーにも趣があって良い選曲でした。
「では、そうしましょうか。」と簡単に決まりました。
その後は、本番曲「出船」を中心にしてレッスンを進める方針となり、そのまま夏休み期間に突入したのでした。
私は毎年、夏休みは海外旅行に行っていました。
この年は催眠療法で有名なアメリカの精神科医Brian Weiss先生の所に伺い直接指導を受けに行って来ました。
Weiss先生の講義はニューヨーク郊外の、のんびりした地で行われたのでした。
摩天楼が立ち並び、世界中から様々な人種が集まり、人・車・金・情報が忙しく交錯するニューヨークを限られた時間の中で忙しく見て回りました。 最終日の夜には本場ブロードウェイのミュージカルを楽しみそのレベルの高さに圧倒されました。正に世界最高が求められる町でもあるのでした。
この時期に内田先生自身も、始めてのホームページ作成に追われていました。
急速に生徒の範囲が広がり全国から来る問い合わせに対応する為にはどうしてもホームページが必要だったのです。
この間、お互いの予定の都合がつかなかった事もあって、2ヶ月ほどレッスンに空白の時間が出来てしまったのです。もちろん家では練習していなかった為、この発声法自体暫く使っていなかった事になります。
そしてある日とうとう、内田先生は私を本気にさせてくれる事になるのです。
久しぶりにレッスンに行くと、「今年の発表会どうしますか?」と聞いてきました。
「えっ!出船で出るつもりでいたんですけど・・。」
「お互いの都合が合わなかった事もあるんですけど、ここ暫くレッスンに来なかったですね。この間に他の皆と凄く差が付いてしまったんですよ。このままだと本番に出られるかどうか分かりませんよ。」
「え~~!!」厳しい事を言われドキッとしました。
確かに月に2回しか練習しないと言うだけでもレッスン不足なのに、それすらもやっていなかったのですから当然の事でした・・・。
その日を境に「何としても発表会に出よう!」という決意の下、毎日練習をするようになったのです。幸い、私はピアノは弾けないですがヴァイオリンなら学生時代オーケストラをやっていたので少々弾けます。
ヴァイオリンで旋律を弾いて、それをMDに録音して、それに合わせて毎日歌っていくようにしました。
と言っても義務でやっているのではなく、あくまでも楽しんでの練習でした。
その成果もあってか何回かレッスンに行くうちに「これなら本番出ても良いでしょう」と言ってくれ、何とか本番には出して頂ける事になりました。

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初めての発表会

「本番前に他人の前で歌う事に慣れておきましょう。」と言う先生の計らいで何回か生徒を4~5人程集めての合同練習が行われました。
他人の前で歌う事は苦手でしたけれど、不思議な事に内田先生が近くにいて一生懸命応援してくれているので、あまり緊張せずに歌う事が出来ました。
いつものレッスンの様に音程も外さずに気持ちよく歌う事が出来たのです。
皆一通り、歌い終わってから生徒同士で色々話してみると、ほとんどあの本を読んで内田先生を知った生徒達だったのです。
それだけに皆、歌に自信が無かった人や、音痴と言われて来た人が結構いました。
でも、今の歌声を聞く限りでは誰もそんな感じはしません。
歌い終わるたびに「今、歌凄く上手だったわよ~音痴だったなんて嘘でしょ~」何て言われます。本当にレッスンに来て良かったですね。
そして本番前に最終リハーサルがちょっとしたホールで行われます。
そこは壁・天井・床と総ヒノキで出来た素晴らしい音響の小綺麗なホールで真ん中にはパイプオルガンまで揃っています。
ここに本番出演予定の生徒がほぼ全員集まって、お互いの成果を聞きあいました。
流石に何年もやっている生徒さんは声量がまるで違い、部屋、聴衆ごとひっくるめて共鳴させてしまっていました。これは凄い迫力です。
ここに集まっている生徒の多くは、あの本を見て集まった生徒達で、声楽を始めてから1年以内の人がほとんどで、皆同じような境遇だったのです、それがまた良かったのでした。
そしていよいよ本番当日がやって来ました。
本番は横浜の山下公園近くにある小ホールで行われました。
カラオケボックスでさえも他人の前で歌う事が大嫌いだった私がこんな広いホールの舞台に一人で立って歌う事は、奇跡的な事でした。
出演者は40名前後、客席は100席前後でしょうか、立ち見の人も出ています。
パンフレットを見ると何と出番は2番目です(当日まで順番は知りませんでした)、すぐ出番では無いですか!・・・。
まずは全員で「夏の思い出」を歌います、あの有名な曲です「夏がく~れば思い出す~、はるかな尾瀬~遠い空~♪」。
それが終わると、息つく暇も無く一番目の生徒が舞台に出て行きました、そして気付くと自分が舞台に出ていました。
少し震えてしまう足を抑えながら出船を歌っていたのです。
まぶしいスポットを浴びながらたった一人でお腹の底から大きな声で歌ったのは始めての経験でした。こんなに気持ち良いとは・・・。
歌い終わって拍手を浴びながら一礼をした時、歌を習って良かった~と心から思ったのです。
そのまま袖に戻ってくると先生がニコニコしながら聞いてきました。
「良かったですね。癖になっちゃう?」
「かも知れません・・!」

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パーティー

パーティー好きの先生は発表会以外にも色いろとパーティーを企画してくれます。
基本的に個人レッスンを受けていた為、生徒同士の横のつながりはほとんどありません。時折開かれるパーティーや合同レッスン、そしてリハーサルでどんな人が習いに来ているか知ったのです。
クリスマスには豪華な料理と先生のリサイタル付きのパーティーが開かれました。
実を言うと、先生の歌を聞いて入門した訳では無いので、それまで先生の歌をきちんと聞いた事が無かったのです。
年が明け、レッスン再開です。 荒城の月、出船、平城山、砂山、波浮の港、浜千鳥、浜辺の歌、ふるさとの、秋の月 等日本歌曲とCaro mio ben,Nina , Sebben crudele , Sento nel core ,Lasciatemi morire,Caro laccio ,Giail sole dal Gange 等、イタリア歌曲の2本立てのレッスンも大分レパートリーが増えてどんどん楽しくなって来ました。
早いもので気がつくとココに通うようになってもう1年が経過していました。

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転勤・変化

私はその年の4月から転勤する事が決まりました。
もう少し今までの場所に居たいと思っていたので、「不本意な転勤決定」と言う事になり色々と迷いが出てきました。
あまりにも医局の人事に振り回され、自分のやりたい事が妨げられるのが嫌だったのです。
でも「人間万事塞翁が馬」と言うように今の判断では悪い事に思えても、後から見るとそれがベストだったと言う事は良くあります。
そう気を取り直して「今回の転勤はこれで良かったんだ・・・」と思うようにしました。
それ以降は気持ちに整理が付き楽しく前向きに勤務できるようになりました。
結局この転勤は前の職場にいる時よりもずっと私にとって良い環境になったのです。
ストレスというものは自分が勝手に『自然の流れ』に逆らって、もがく事だったんですね。後になって振り返ると、抵抗せずに、ただ流れに身を任せていれば最善の結果になっていたのです。
転勤とか車の故障、パソコンや携帯電話の故障・買い替え等、日常生活の上で無くてはならない物が壊れて修理したり、新しくなったりすると言う事は、実は内面の変化を表しているとも言います。この転勤後間もなく、パソコンも買い換える事になるのです。そして時期を同じくして自分自身が知り合う友人達もどんどん変化して行きました。それに伴って私自身の内面的な変化も感じていたのです。
転勤後、レッスンに行くと
「去年発表会に出た生徒のうちもう半分くらいは来なくなりましたよ。」
「えっ、もうそんなに少なくなったんですか?」
「次々に新しい生徒さんは来るから私は丁度いいんですけどね。去年、これはスゴ~イ!!なんてハシャイでいた人達はもう連絡来ませんよ。おそらく新しい物好きでどんどん興味の対象が変わってゆくんでしょう。こういう物はこつこつ続ける事に意味があるんですけどね・・。そろそろ今年の発表会の曲も検討してゆきましょう。」
「もう、そんな時期ですか。」
「そうですよ。」

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ミュージカル

そんなある日、普段私はテレビを見ないのですが何気なくテレビのスイッチを入れると丁度「たけしの誰でもピカソ」と言う番組の紹介をしていました。
「今日の出演は本田美奈子さんです。アイドル歌手として活躍していましたが、途中でミュージカルへ転向、そこで今までとは全く違う発声を学ぶ・・・」と言うような案内だったのです。
私も歌を丁度習っていた事もあり、これは面白そうだと思って見て見る事にしたんです。
アイドル歌手時代、自分が他のアイドル達とは違うんだ、と何か少しでも特徴を出そうとして臍を出した衣装を着ていた事などを懐かしげに語っていました。
そして、「ある時ふとした事からミュージカルのオーディションを受けようと思ったんです。でもそのオーディションを私は一般応募者と同じ条件で受けなくてはなりませんでした。その頃は変なプライドがあって、何でアイドルとして既に売れている私が一般人と同じ条件でオーディションを受けなくてはいけないのかと、とにかく悔しかったんです。出される課題曲は音域が高くて私でも出せないような難しい物でした。決して上手に歌えたわけでは無かったんですけど、意気込みと、試験までに練習をしっかりやってくると言う所を買われてとにかく合格したんです。その後は発声法からダンス、感情表現等を一から勉強し直して歌い方も今までとは全然変わって来たんです。」
たんたんと語る彼女は以前のアイドル時代とは全く違う大人の女性に成長していました。
こんな感じで暫く、たけしとの会話が続いた後、いよいよ歌唱力を披露する事となりました。
ミュージカルの曲を歌ったのですが、その姿、声、表情どれも素晴らしくそれを聞いていた私はテレビの前で体が震えるのを抑える事が出来ませんでした。
感動が全身を走りぬけていました。
声だけでなく体の動き、手足のしなやかさ、顔の表情等全身から強く伝わってくるものを感じたのです。
そこには以前のアイドル時代の本田美奈子とは全く別の美しさが滲み出ていました。
こんなにも人を変えるなんて、こんなにも人を感動させるなんて、ミュージカルって凄いんだなと思ったのです。
歌声はもちろんの事、マナー、言葉使い、表現力など色々な側面があったのです。「私もこういうのやってみたい」と、とっさに思いました。
今、習っている声楽とはまた別のしなやかさ、素晴らしさがそこにはあったのです。
今までの声楽では背筋をしっかり伸ばして顎をキュッと弾き、直立不動とまでは行かないまでもちょっと堅苦しくも思えたのです。
次の日にはCD店に駆け込みすぐさま本田美奈子のCDを注文しました。
暫くはその歌を聞くたびに、心と体が震えていました。ミュージカル的な事、いつかキット私もやってみよう・・・。 と心に誓ったのでした。

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2回目の発表会

さて、とは言うもののやっと人前で歌える様になったばかりなので、とりあえず今年の発表曲を決めなくてはなりませんでした。
「今年は、本番に出る人数が少なければ2曲くらい歌ってもいいかもしれないですね。」と言うので、私は気に入っていた2曲を指定しました。
そして「Giail sole dal Gange」と 石川啄木作詞 平井康三郎作曲の「ふるさとの」の2本立てで行く事に決まりました。
「夏の暖かい時期は体が柔らかくなってますから、どんどん高い音が出るようになりますよ。この時期にしっかりと練習を続けて行くと寒くなってもそれが維持出きるようになります。」
確かにこの時期に少しずつ高い声が出せるようになって来ていたのです。
「今年は大きいホールが取れたので去年とは違って大ホールでやりますよ。オーケストラも載る位の大舞台です。」
「え~そんな広い舞台で一人で歌うんですか??」
「そうですよ。」
学生時代はオーケストラをやっていたので大ホールには慣れていましたが、楽器がバイオリンでしたので、少々間違えてもごまかしが効いていたのです。
しかし今回はたった一人で歌うのですから、ごまかしは効きません。
ちょっとドキドキでしたが去年と同じでも進歩が無いので、楽しんで挑戦する事にしました。
いよいよ本番当日、開場前に全員のステージリハーサルが行われました。
だいたい今年発表会初めての人が前半に、2回目以降の人が後半に割り振られました。
ここまで来ると腹が座って来ていて、皆結構いい声で堂々と歌っていました。
その勢いで私も、と思って歌い出したのですが知らず知らずのうちに力が入って、高音域が少し上ずってしまいます。
それに、自分の声を自分で聞いた感じが今までの練習とは全く違い、何処までも遠くへ抜けていくような感じで、返って来ないのです。
これで果たしてちゃんと聞えているのでしょうか?
先生は「良いですよ」とは言ってくれるものの気がかりでした。
そして、とうとう出番がやってきます。
やはり大舞台で自分が主役と言うのは何とも言えません。
今回は脚が震える事はありませんでした、声の上ずりもリハーサルほど目立たずに済みました。
何も考えずに一気に歌い終わって袖に戻ると、またしても先生が「どう、癖になっちゃう?」と聞いてきました。
「微妙ですね。」と曖昧な返事をしておきました。
約1年半でココまで出来るようになるとは今までの自分では想像も出来なかったし、これを乗り越えられたという事で自信も付いたのでした。

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卒業

発表会終了後2週間程経過し、再び内田先生のレッスンを受けに行くと、意外な事を言われました。
「ここまで来たらもう良いでしょう、基礎は大体出来たので私のレッスンは卒業とします。」えっ!!
「素人をここまで導くのが私の役目です。これから先は他の先生についてもっと可能性を伸ばして下さい。世界は広く、色々な先生が居ます。どんな声楽家も経歴を見れば分かると思いますが何人もの師につくもので、むしろその方が当たり前なのですよ。」
ちょっと寂しい気もしましたが、「出会い」が「縁」であるならば「旅立ち」も次なる縁のきっかけかも知れないと思いすんなりと受け入れました。
「分かりました、では次の先生を御紹介していただけるのでしょうか?」
「いや、私にはそういう人脈は無いのでご自分で探してください。」
え~~~!突き放された様な気もしたが、人脈が無いのでは仕方が無いですね。
「ではどのような先生を探したら良いですか?」
「そうですね、東京芸大出の声楽家が良いですよ、私のような私立出の人よりもキチッと幅広く基礎が出来ている人が多いですから。」
「分かりました、その条件で私なりに探してみます。今まで色々とどうも有難う御座いました。」
「これでまるっきり縁が無くなる訳ではなく、またパーティーを開いたりリサイタルをやったりするのでその時にお会いしましょう。それから、たまに2ヶ月に1回位のペースでレッスンに来るのは良いですよ。・・・・では今日のレッスンを初めましょう。」
今まで増やしてきたレパートリーを走馬灯のように歌い続けました。お腹から歌うと言うのは何て気持ちが良いのだろう。歌っている間に、寂しさもどこかへ出て行ってしまい、湿っぽいはず??の別れも気持ちよく受け入れる事が出来ました。
「有難う御座いました!」と内田先生の家を後にしたのです。
さあ、次はどんな素晴らしい先生とめぐり会えるのでしょうか!
この出会いから私は「声」と言う物は、使いようによって楽しみながら健康増進や自信回復につながるのはもちろんの事、年齢や国境を越えて人を繋ぎ感動させ、幸せをもたらす無限の可能性持っているという事を学んだのです。声の練習に留まらず生き方や人生までにも大きな影響を与えてくれたのでありました。
2500年前のピタゴラスは人間にとっての音楽の重要性を説き、「人々は学問に先んじて音楽を学び心身の健全化を計るよう」に勧め、同じ頃東洋では、孔子が人は「人は音楽によって心と体を整えよ」と言ったといいます。
【参考図書:人生を豊かにする声の変え方 内田 隆幸 ゴマブックス】

声楽との出会い体験レッスン発声法声帯の構造声の背景
楽器としての声積極体験で出来てくる「聞く耳」声で自信回復呼吸による自律神経のコントロール
一芸で人の心を掴む運命・宿命?ブランク初めての発表会
パーティー転勤・変化ミュージカル2回目の発表会卒業